無秩序相においてシャープなピークをもつ光学格子中ボゾンの運動量分布

超流動モット絶縁体転移[1]が実現して以来,光学格子中にトラップされたボーズ粒子系の研究が精力的に行われている. この系は正方格子上のボーズ・ハバードモデルによってよく記述される.

ここでi サイトのボゾンの生成(消滅)演算子を bi (bi†)とし, Z=6 は最近接のサイト数, t/Zは最近接サイト間の粒子のホッピングエネルギー, Uは同一サイトにおける粒子間の斥力相互作用をそれぞれ表している. 光学格子を形成するビームの強度を変えることにより tとUの比を調節することが可能である点で, 光学格子系は量子多体問題を取り扱うのに理想的な系であると言える. ここでは有限温度相転移を議論するため,化学ポテンシャルμ の空間的な勾配を無視し,μ/U=1/2を選び, 修正向きつきループアルゴリズム[2]を用いた量子モンテカルロシミュレーションの結果を紹介する.

図1はこの系の有限温度における相図である. 相互作用比t/Uが大きい領域では有限温度で 無秩序相から超流動相への転移が起こる. 相互作用比t/Uが小さくなるにつれて転移温度 Tcが低くなり, 量子臨界点でTc=0となる. 一方,相互作用比t/Uが量子臨界点より小さい領域では, T=0 でギャップΔが有限であるモット絶縁体相となる.

図1 μ/U=1/2における有限温度相図
ギャップΔと相転移温度 Tc が0になる点が量子臨界点 t/U=0.192(2)である. [3]

タイムオブフライト法を用いた実験では,一方向に積分されたボゾンの運動量分布が干渉パターンとして観測される. 量子モンテカルロ法における対応する物理量は,

である.なお W(k) はワニエ関数のフーリエ成分であり,n(k)= Σi,j < bi bj > exp{ik⋅ (rirj)}である. 図1中に3つの領域(超流動相,モット絶縁体相,臨界領域)における,典型的な干渉パターンを示した. 実験でも観測されているように超流動相では干渉ピークにシャープなピークが存在し, モット絶縁体相ではそのピークが消えていることがわかる. これまでこのシャープなピークは超流動相の指標とされてきた.図2に示したのは転移点付近の無秩序相 (t/U=0.25 ,T=1.1Tc ) における干渉パターンである. この点では超流動密度は0であり,明らかに無秩序相であるにも関わらずシャープなピークが観測されている. したがってシャープなピークは必ずしも超流動相を示すとは限らないことがわかった. 臨界温度付近の無秩序相におけるシャープなピークは,運動量0付近のピークの幅が相関長の逆数に対応していることで理解できる. 臨界点では相関長が発散するため,臨界点近くでは無秩序相であってもシャープなピークが観測される.

図2.転移温度付近における一方向に積分されたボゾンの運動量分布N (kx, ky) および,ky=0 における断面図. 用いたパラメータは, t/U=0.25, μ/U=1/2, Tc/t=0.7 であり,格子のサイズは 123である. [3]

(by 加藤康之)

[参考文献]

[1] M. Greiner, O. Mandel, T. Esslinger, T. W. Hänsch, and I. Bloch, Nature 415, 39-44 (2002).
[2] Y. Kato, T. Suzuki, and N. Kawashima, Phys. Rev. E 75, 066703 (2007).
[3] Y. Kato, Q. Zhou, N. Kawashima, and N. Trivedi, Nature Physics 4, 617 (2008).

弱い鎖間相互作用を持つS=1/2反強磁性スピン鎖の有限温度下における秩序状態

近年、強い反強磁性イジング異方性を持つスピンS=1/2XXZモデルでは、超流動固体状態やカゴメ格子上で現れる新奇なVBS状態など、強い量子揺らぎとイジング異方性に起因した興味深い秩序状態が磁場中で数多く見つかり盛んに研究が行われている [1]。この系は格子形状が立方格子の場合に極低温領域で異方軸方向に磁場を印加するとスピンフロップ転移することが知られている [2]。すなわち異方軸方向にスピンが反強磁性的にそろったネール状態から磁場垂直面内でスピンが反強磁性的にそろった有限磁化状態へ一次転移する。一方純粋な1次系であるS=1/2XXZスピン鎖の場合、有限磁化を持つ磁場領域において系の低エネルギー励起が朝永-ラッティンジャー(TL)液体で記述される臨界相が現れる。このTL液体相では、高磁場側で磁場垂直面内の反強磁性相関、低磁場側で磁場方向の非整合周期を持つスピン密度波相関が支配的なスピン揺らぎとなる。したがって、鎖間相互作用が働く場合、鎖内の支配的なスピン揺らぎを反映した秩序状態が実現すると期待される。つまり、低磁場側では非整合周期を持ったスピン密度波状態が実現すると期待される。しかし、鎖間と鎖内相互作用が同じ強さ同じになる3次元系では非整合スピン密度波相は存在しない。このことは、鎖間相互作用の強さを変えた場合に、古典的な描像では記述できない非自明な繰り込み群固定点の存在を示唆しており、理論的に非常に興味深い。



図1:2Dの場合の温度磁場相図(上)と3Dの場合(下)。黒丸はIsing対称性破れを起こす温度で白丸はU(1)対称性の破れる転移点を表す。

我々は、弱い鎖間相互作用が働くS=1/2XXZスピン鎖モデルの磁場中秩序状態について量子モンテカルロ法を用いて調べ、鎖間相互作用の強さを変えた場合の温度磁場相図と現れる秩序相を明らかした。その結果、S=1/2XXZスピン鎖が鎖間相互作用を通して3次元立方格子を組む場合には、低磁場-極低温領域において非整合スピン密度波状態が長距離秩序状態として現れることがわかった。しかし、2次元正方格子を組む場合には、極低温領域まで秩序相への相転移が現れず、常磁性相が広がっていることがわかった [3]。図1に得られた温度磁場相図を示す。

(by 鈴木隆史)

References

[1] F. H’ebert, et al., Phys. Rev. B 65, 014513 (2001); M. Boninsegni and N. Proko’ev, Phys. Rev. Lett. 95, 237204 (2005); D. C. Cabra, et al., Phys. Rev. B 71, 144420 (2005); S. V. Isakov, et al., Phys. Rev. Lett. 97, 147202 (2005); A. Banerjee, et al., Phys. Rev. Lett. 100, 047208 (2008).
[2] M. Kohno and M. Takahashi, Phys. Rev. B 56, 3212 (1997).
[3] T. Suzuki and N. Kawashima, K. Okunishi, J. Phys. Soc. Jpn. 76, 123707 (2007); K. Okunishi and T. Suzuki, Phys. Rev. B 76, 224411 (2007).

bct格子 量子XYモデルにおける漸近的次元低下

フラストレーションの第一の効果は相殺によって相互作用を実行的に小さくすることである.準2次元系においてはフラストレーションがあると,層間の独立性を高めることになる.しかし,有限温度では,熱揺らぎの効果のために,完全な2次元性が観測されるほどの相殺が行われることはない.Maltseva と Coleman によって示されたように,ゼロ点振動の効果のために,絶対零度であっても完全な2次元性は見られない.結果として,現実の2次元系では,常に3次元系のユニバーサリティクラスの臨界現象が観測されることになる.しかし,我々は,量子臨界点近傍では,このシナリオが必ずしも当てはまらないことを見出した.[1] すなわち,量子臨界点に近付くにつれて,熱揺らぎ,量子揺らぎがともにゼロになり,漸近的に2次元性が出現することがあるのである.

この現象が最初に実験的に観測されたのは,BaCuSi2O6 における量子臨界現象である.[2]これのスピン対からなる物質のもつ高い対称性がフラストレーションの起源であり,量子臨界現象における次元効果を明らかにする上で,ユニークな特性を生み出している.この物質においては正方格子の層が互いに積層してBCT格子を作っている.各ダイマーにおける3重項のうちエネルギーの高い2つを無視することによって,この物質を,BCT格子上の S=1/2XYモデルとみなすことができる.我々は,その問題をスピン波近似でとりあつかい,マグノン励起を調べた.[1]  面間の有効相互作用は励起されたマグノンの密度に比例しており,絶対零度近傍では,純粋な2次元的振る舞いを示すことが分かった.有限温度で熱的に励起されたマグノンがもたらす面間相互作用によって,量子臨界的振る舞いから3次元的振る舞いへのクロスオーバーが発生する.特に,臨界磁場の温度依存性を特徴づける臨界指数は2次元量子系のものであり,実験と一致する.[2]

Figure 1: BCT 格子

実験結果と完全な2次元系の結果は単なる定性的に一致ではなく,図2に示されるように定量的にもよく一致する.上のパネルは BaCuSi2O6  実験で観測された臨界磁場の値と量子モンテカルロ法から得られた純粋に2次元的な系の臨界磁場の値を重ねてプロットしたものである.量子モンテカルロ法で用いたモデルの結合定数は実験的に決定されたものであり,ここではフィッティングパラメータは一つもないことに注意すべきである.両方とも,漸近的には線形の振る舞いをしめし,これは,2次元量子臨界現象の特徴である.この結果は,磁化の磁場依存性(下左)や,温度依存性(下右)からも確認される.

Figure 2: Static properties of BCT XY model. The phase boundary (top), the magnetization vs the field (bottom left) and the temperature (bottom right).

(by 川島直輝)

[参考文献]

[1] C. D. Batista,  J. Schmalian, N. Kawashima, P. Sengupta, S. E. Sebastian, N. Harrison, M. Jaime and I. R. Fisher, Phys. Rev. Lett. 98, 257201 (2007).
[2] S. E. Sebastian, N. Harrison, C. D. Batista, L. Balicas, M. Jaime, P. A. Sharma, N. Kawashima and I. R. Fisher, Nature 441, 617 (2006).

連続空間ボーズ系のための向きつきループアルゴリズムの修正

これまでにも,量子モンテカルロ法を用いて連続空間ボーズ系のシミュレーションを行った例がいくつか報告されている. しかし格子系のためのアルゴリズムが数多く報告されバリエーション豊かなのに対して,連続系のためのアルゴリズムは少数であり,それらは複雑である. 本研究では,まずはじめに連続空間のモデルを空間離散化して格子系のモデルへと変換する. そうして得られた格子系のモデルを,格子系のためのアルゴリズムを用いてシミュレートする. 連続空間ボーズ系の例として希薄ボーズ気体のモデルを用い, 格子系のアルゴリズムとして向きつきループアルゴリズム(DLA)を用いた. DLAは既存のアルゴリズムの中でも適用範囲が広いアルゴリズムとして知られているが,DLAを今回の場合に単純に適用すると, 効率が著しく悪化する. 我々はDLAに修正を加えることにより,この効率を向上させることに成功した. また実際に希薄ボーズ気体のシミュレーションを行い, 有限サイズスケーリングを用いて転移が3次元XYモデルのユニバーサルクラスに属していることを確認し,転移温度の決定方法を示した. 図は感受率χの有限サイズスケーリングを示している. 指数は3次元XYモデルの先行研究によって精度良く求められているものを用いている. (図中のt は相対温度(t=T-TC), Λは系の大きさを特徴付ける長さである.)

感受率χの有限サイズスケーリング

(by 加藤康之)

[参考文献]

Yasuyuki Kato, Takafumi Suzuki and Naoki Kawashima: “Modification of directed-loop algorithm for continuous space simulation of bosonic systems”, Phys. Rev. E 75 066703(1-8) (2007).

面心立方格子上の超固体状態

超固体とは粒子が周期的な配列を組んで固体を形成しているにもかかわらず超流動性を示す状態を指す。近年E. KimとM. H. W. Chanが行った固体ヘリウム4に対するねじれ振り子の実験で興味深い結果が報告された[1]。すなわち、回転慣性モーメントが約200mK以下で減少する。この回転慣性モーメントの減少は固体ヘリウム中に、その回転運動に追従しない成分-超流動成分が現れることを示唆している。超固体に対する理論的アプローチとして格子モデルを用いて解析する方法がある。極最近、三角格子上で現れる超固体相について、その秩序状態や臨界現象が数値計算によって詳しく調べられた[2]。その結果、粒子同士の相互作用間に働くフラストレーションが、超流動状態の安定化に重要であると指摘された。しかし同じ相互作用間にフラストレーションを持つカゴメ格子の場合には超固体状態が現れない[3]。この相互作用間に働くフラストレーションと超固体状態の関係は未だ不明な点が多い。

そこで我々は、フラストレーションの働く格子の一つ、面心立方格子について超固体相の探索を行った。その際、粒子間相互作用は最近接格子間のみに働くと仮定したハードコア(1サイトに2個以上粒子が同時に詰まらない)ボーズハバードモデルを扱った。その結果、面心立方格子の場合、1/2-fillingと3/4-fillingに現れる固体相の間に超固体相が現れることがわかった。図1に、あるパラメターにおける温度-化学ポテンシャル相図を示す。面心立方格子では、フラストレートした相互作用の為に固体秩序中に超流動パスが形成される(図2)為に超固体状態が安定化することを明らかにした[4]。

図1: 相図
図2: 黒丸が粒子を表し、灰色の線が超流動パスを表す

(by 鈴木隆史)

[参考文献]

[1] E. Kim and M. H. W. Chan, Nature (London) 427, 225 (2004); Science 305, 1941 (2004).
[2] S. Wessel and M. Troyer, Phys. Rev. Lett. 95, 127205 (2005). など
[3] S. V. Isakov, et. al, Phys. Rev. Lett. 97, 147202 (2006).
[4] T. Suzuki and N. Kawashima, Phys. Rev. B 75,180502(R) (2007).

SU(N) ハイゼンベルクモデルにおける空間構造の出現

通常SU(2)の対称性をもつハイゼンベルクモデルは,モデルハミルトニアン中の 演算子「S」をSU(N)の生成子であると読み替えるだけでSU(N)の対称性をもった モデルに拡張される.この非常に単純で基礎的なモデルは,Nの値や,SU(N)の表現 を変えることによって,その基底状態が驚くほど変化するという理論的な予言が 2次元の場合になされている.ここで表現をかえるというのは,通常のSU(2)ハイゼンベルクモデルの場合のスピンの大きさを変えることに相当している. 表現を変えると基底状態が変わるというのは1次元の場合にSの偶奇によって励起に ギャップがあるかどうかの問題(ハルデーン問題)としてよく知られているが, 2次元に関しては具体的に調べられたことがない.われわれはこれを量子モンテカルロ法で, 新しく考案したアルゴリズムを用いて計算し,最も簡単な表現を用いた場合には Nが4以下で基底状態はネール状態,5以上では自発的に空間的並進対称性がやぶれた 「ダイマー状態」が出現することを見出した.図1はその概念図であり,濃い色の線は その部分にあるスピン対がより強い相関を持っていることを表している.

図1

さらにこのダイマー基底状態の空間には近似的なU(1)対称性があることを見出した. 図2は横軸にX方向のダイマー秩序変数,縦軸にY方向のダイマー秩序変数をとって分布関数を示したもので,これが円に近いことがこの近似的対称性を反映している. さらに基本表現以外の場合には,空間構造が現れにくいことも分った.

図2

(by 川島直輝)

参考文献

  1. Kenji Harada, Naoki Kawashima and Matthias Troyer: “Neel and Spin-Peierls ground states of two-dimensional SU(N) quantum antiferromagnets”, Phys. Rev. Lett. 90 117203-117206 (2003).
  2. Naoki Kawashima and Yuta Tanabe: “Representation-Dependent Ground-States of the SU($N$) Heisenberg Model”, Phys. Rev. Lett. 98 057202(1-4) (2006).

一軸異方性のあるハイゼンベルクモデルの量子モンテカルロシミュレーション

Ni化合物である NiCl2-4SC(NH2)2 という物質は、 強い磁場下で温度を下げていくとある温度Tcで相転移して 磁気秩序をもつことが実験でわかっている。この系は スピンS=1のハイゼンベルクモデルに(Sz)^2の異方性を加えた ハミルトニアンで記述されると考えられており、 磁場下での相転移は異方性の項により生じる励起子のボーズ・アインシュタイン凝縮と して理解できる。 我々は量子モンテカルロ法によりこのモデルのシミュレーションを行って 実験と比較し、交換相互作用Jや異方性Dを求めた。 下図は、計算と実験で得られた相図(四角い点) と磁化曲線(丸い点)の結果をプロットしたもの[1]。(赤が計算結果、青が実験結果)

計算と実験で得られた相図(四角い点) と磁化曲線(丸い点)

また磁場をかけずに、JとDの比を変えたとき(実験的には圧力を かけることに相当)に起きる相転移についても計算し、相境界線 のlog補正について調べた[2]。

(by 塚本光昭)

[参考文献]

[1] S. A. Zvyagin, J. Wosnitza, C. D. Batista, M. Tsukamoto, N. Kawashima, J. Krzystek, V. S. Zapf, M. Jaime, N. F. Oliveira, Jr., and A. Paduan-Filho: ” Magnetic Excitations in the Spin-1 Anisotropic Heisenberg Antiferromagnetic Chain System NiCl2-4SC(NH2)2″, Phys. Rev. Lett. 98, 047205 (2007).
[2] Mitsuaki Tsukamoto, Cristian Batista and Naoki Kawashima: “Quantum Monte Carlo simulation for S=1 Heisenberg model with uniaxial anisotropy”, J. Magn. Magn. Mater. 310, 1360 (2007).

スピングラスモデルに対するツリー近似

スピングラス問題はランダム磁性体の実験において発見され,その後この現象を説明するためにエドワーズ・アンダーソン模型が提案された.以来,このモデルの単純さと問題の根源的な性質のために,スピングラス問題研究のために多大な努力がなされた.我々はモンテカルロシミュレーションによって3次元系の場合の相転移の存在を確認したが [1],スピングラス相の基本的な性質に関する議論は,今日でもまだ決着を見ていない.これについては,初期の理論的な研究から2つのパラダイム — 平均場描像とドロップレット描像 — が提案されている.この20年の研究は3次元スピングラスに対して,どちらの描像が正しいか,という点に集約される.初期の段階から,数値計算はこの問題解決の基本的なアプローチであったが,この問題が数値計算の観点からも困難であることはすぐに明らかになった.スピングラス問題に関する数学的に厳密な命題すら存在している.すなわち,3次元以上でエドワーズ・アンダーソンモデルの基底状態を求める問題はNP困難である.今日,最速の計算機で,基底状態を求められる問題の最大サイズは一辺の長さが L=30 を超えず,これは,問題を疑問の余地なく解決するには足りない大きさである.

そこで,我々は問題に対する別のアプローチを考えた[2].すなわち,再帰的な変形により,問題を近似的に解く方法である.このタイプのアプローチでもっとも良く知られているのは,ミグダル・カダノフ(MK)による実空間繰り込み法である.この方法は強磁性イジングモデルに対して,かなり正確な答えを与え,後にスピングラス問題に対しても応用された.我々の方法では「縮約」操作を繰り返し問題に適用することで答えが得られる.図1に示されるように,縮約はボンドの繋ぎかえと,それに伴うボンド強度の再計算からなる.問題が定義されている有限サイズの格子からスタートして,この縮約操作によって次第に格子をループを含まないグラフ(=ツリー)へと変形していくのがこの方法のエッセンスである.一旦,ツリー上の問題に変形されてしまえば,その問題に関して厳密な物理量を計算することは易しい.このやり方で,我々は近似なしには到達できないサイズの系の計算を行うことができる.

図1: 「縮約」操作.丸印はバーテックス(つまりスピン)を表し,直線はエッジ(つまり2体相互作用)を表す.実線はまだ縮約されていないエッジで,破線はすでに縮約されたエッジ

この方法を用いて我々はさまざまな物理量を計算した.たとえば,3次元系ではスピングラス帯磁率がある温度で急激な変化を示し,この温度付近で転移があることに対応している.図2はビンダーパラメータの温度依存性をさまざまなサイズについて示したもので,異なるサイズに関する曲線が交わる点が転移温度を与える.交点から \(T_c = 1.0 J\),\(g_c = 0.9\) という評価が得られる.挿入図はその有限サイズスケーリングであり,ここから,臨界指数 \(\nu\) について \(\nu = 1.85\) という評価が得られる.これらの値は近似を用いない,最新のモンテカルロシミュレーションの結果 \(T_c = 0.98(5)\) , \(\nu = 2.00 (15)\) に近い値であり,用いている近似の「乱暴さ」から考えるとむしろ不思議なほど一致している.また,MK近似から得られた値 [4] \(T_c = 0.39\) and \(\nu=2.8\) に比べても良い.

図2: 3次元モデルのビンダーパラメータ.システムサイズは高温側で大きな値をもつものから,L=4, 8, 16, 32, 64, 128 の順になっている.矢印は2つの隣接したシステムサイズの曲線が交わる位置を示す.挿入図は L=32, 64, 128 のデータを使った有限サイズスケーリング.

オーバーラップの分布関数に有限の幅があるかどうかが,上述の2つのパラダイムのどちらが正しいかの判定条件の1つになっている.我々の近似は幅がゼロであることを示し,ドロップレット描像と整合性のある結果を導くが,近似のためである可能性があり,これをもってドロップレット描像が正しいと結論を下すことまではできない.

(by 川島直輝)

References

[1] N. Kawashima and A. P. Young: “Phase transition in the three-dimensional ±J Ising spin glass”, Phys. Rev. B 53 (1996) R484.
[2] N. Kawashima: “Tree approximation for spin glass models”, J. Phys. Soc. Jpn. 25 (2006) 073002.
[3] E. Marinari, G. Parisi and J. J. Ruiz-Lorenzo: “Phase structure of the three-dimensional Edwards-Anderson spin glass”, Phys. Rev. B 58 (1998) 14852.
[4] B. W. Southern and A. P. Young: “Real space rescaling study of spin glass behavior in 3 dimensions”, J. Phys. C 10 (1977) 2179.