面心立方格子上の超固体状態

超固体とは粒子が周期的な配列を組んで固体を形成しているにもかかわらず超流動性を示す状態を指す。近年E. KimとM. H. W. Chanが行った固体ヘリウム4に対するねじれ振り子の実験で興味深い結果が報告された[1]。すなわち、回転慣性モーメントが約200mK以下で減少する。この回転慣性モーメントの減少は固体ヘリウム中に、その回転運動に追従しない成分-超流動成分が現れることを示唆している。超固体に対する理論的アプローチとして格子モデルを用いて解析する方法がある。極最近、三角格子上で現れる超固体相について、その秩序状態や臨界現象が数値計算によって詳しく調べられた[2]。その結果、粒子同士の相互作用間に働くフラストレーションが、超流動状態の安定化に重要であると指摘された。しかし同じ相互作用間にフラストレーションを持つカゴメ格子の場合には超固体状態が現れない[3]。この相互作用間に働くフラストレーションと超固体状態の関係は未だ不明な点が多い。

そこで我々は、フラストレーションの働く格子の一つ、面心立方格子について超固体相の探索を行った。その際、粒子間相互作用は最近接格子間のみに働くと仮定したハードコア(1サイトに2個以上粒子が同時に詰まらない)ボーズハバードモデルを扱った。その結果、面心立方格子の場合、1/2-fillingと3/4-fillingに現れる固体相の間に超固体相が現れることがわかった。図1に、あるパラメターにおける温度-化学ポテンシャル相図を示す。面心立方格子では、フラストレートした相互作用の為に固体秩序中に超流動パスが形成される(図2)為に超固体状態が安定化することを明らかにした[4]。

図1: 相図
図2: 黒丸が粒子を表し、灰色の線が超流動パスを表す

(by 鈴木隆史)

[参考文献]

[1] E. Kim and M. H. W. Chan, Nature (London) 427, 225 (2004); Science 305, 1941 (2004).
[2] S. Wessel and M. Troyer, Phys. Rev. Lett. 95, 127205 (2005). など
[3] S. V. Isakov, et. al, Phys. Rev. Lett. 97, 147202 (2006).
[4] T. Suzuki and N. Kawashima, Phys. Rev. B 75,180502(R) (2007).

SU(N) ハイゼンベルクモデルにおける空間構造の出現

通常SU(2)の対称性をもつハイゼンベルクモデルは,モデルハミルトニアン中の 演算子「S」をSU(N)の生成子であると読み替えるだけでSU(N)の対称性をもった モデルに拡張される.この非常に単純で基礎的なモデルは,Nの値や,SU(N)の表現 を変えることによって,その基底状態が驚くほど変化するという理論的な予言が 2次元の場合になされている.ここで表現をかえるというのは,通常のSU(2)ハイゼンベルクモデルの場合のスピンの大きさを変えることに相当している. 表現を変えると基底状態が変わるというのは1次元の場合にSの偶奇によって励起に ギャップがあるかどうかの問題(ハルデーン問題)としてよく知られているが, 2次元に関しては具体的に調べられたことがない.われわれはこれを量子モンテカルロ法で, 新しく考案したアルゴリズムを用いて計算し,最も簡単な表現を用いた場合には Nが4以下で基底状態はネール状態,5以上では自発的に空間的並進対称性がやぶれた 「ダイマー状態」が出現することを見出した.図1はその概念図であり,濃い色の線は その部分にあるスピン対がより強い相関を持っていることを表している.

図1

さらにこのダイマー基底状態の空間には近似的なU(1)対称性があることを見出した. 図2は横軸にX方向のダイマー秩序変数,縦軸にY方向のダイマー秩序変数をとって分布関数を示したもので,これが円に近いことがこの近似的対称性を反映している. さらに基本表現以外の場合には,空間構造が現れにくいことも分った.

図2

(by 川島直輝)

参考文献

  1. Kenji Harada, Naoki Kawashima and Matthias Troyer: “Neel and Spin-Peierls ground states of two-dimensional SU(N) quantum antiferromagnets”, Phys. Rev. Lett. 90 117203-117206 (2003).
  2. Naoki Kawashima and Yuta Tanabe: “Representation-Dependent Ground-States of the SU($N$) Heisenberg Model”, Phys. Rev. Lett. 98 057202(1-4) (2006).

一軸異方性のあるハイゼンベルクモデルの量子モンテカルロシミュレーション

Ni化合物である NiCl2-4SC(NH2)2 という物質は、 強い磁場下で温度を下げていくとある温度Tcで相転移して 磁気秩序をもつことが実験でわかっている。この系は スピンS=1のハイゼンベルクモデルに(Sz)^2の異方性を加えた ハミルトニアンで記述されると考えられており、 磁場下での相転移は異方性の項により生じる励起子のボーズ・アインシュタイン凝縮と して理解できる。 我々は量子モンテカルロ法によりこのモデルのシミュレーションを行って 実験と比較し、交換相互作用Jや異方性Dを求めた。 下図は、計算と実験で得られた相図(四角い点) と磁化曲線(丸い点)の結果をプロットしたもの[1]。(赤が計算結果、青が実験結果)

計算と実験で得られた相図(四角い点) と磁化曲線(丸い点)

また磁場をかけずに、JとDの比を変えたとき(実験的には圧力を かけることに相当)に起きる相転移についても計算し、相境界線 のlog補正について調べた[2]。

(by 塚本光昭)

[参考文献]

[1] S. A. Zvyagin, J. Wosnitza, C. D. Batista, M. Tsukamoto, N. Kawashima, J. Krzystek, V. S. Zapf, M. Jaime, N. F. Oliveira, Jr., and A. Paduan-Filho: ” Magnetic Excitations in the Spin-1 Anisotropic Heisenberg Antiferromagnetic Chain System NiCl2-4SC(NH2)2″, Phys. Rev. Lett. 98, 047205 (2007).
[2] Mitsuaki Tsukamoto, Cristian Batista and Naoki Kawashima: “Quantum Monte Carlo simulation for S=1 Heisenberg model with uniaxial anisotropy”, J. Magn. Magn. Mater. 310, 1360 (2007).

スピングラスモデルに対するツリー近似

スピングラス問題はランダム磁性体の実験において発見され,その後この現象を説明するためにエドワーズ・アンダーソン模型が提案された.以来,このモデルの単純さと問題の根源的な性質のために,スピングラス問題研究のために多大な努力がなされた.我々はモンテカルロシミュレーションによって3次元系の場合の相転移の存在を確認したが [1],スピングラス相の基本的な性質に関する議論は,今日でもまだ決着を見ていない.これについては,初期の理論的な研究から2つのパラダイム — 平均場描像とドロップレット描像 — が提案されている.この20年の研究は3次元スピングラスに対して,どちらの描像が正しいか,という点に集約される.初期の段階から,数値計算はこの問題解決の基本的なアプローチであったが,この問題が数値計算の観点からも困難であることはすぐに明らかになった.スピングラス問題に関する数学的に厳密な命題すら存在している.すなわち,3次元以上でエドワーズ・アンダーソンモデルの基底状態を求める問題はNP困難である.今日,最速の計算機で,基底状態を求められる問題の最大サイズは一辺の長さが L=30 を超えず,これは,問題を疑問の余地なく解決するには足りない大きさである.

そこで,我々は問題に対する別のアプローチを考えた[2].すなわち,再帰的な変形により,問題を近似的に解く方法である.このタイプのアプローチでもっとも良く知られているのは,ミグダル・カダノフ(MK)による実空間繰り込み法である.この方法は強磁性イジングモデルに対して,かなり正確な答えを与え,後にスピングラス問題に対しても応用された.我々の方法では「縮約」操作を繰り返し問題に適用することで答えが得られる.図1に示されるように,縮約はボンドの繋ぎかえと,それに伴うボンド強度の再計算からなる.問題が定義されている有限サイズの格子からスタートして,この縮約操作によって次第に格子をループを含まないグラフ(=ツリー)へと変形していくのがこの方法のエッセンスである.一旦,ツリー上の問題に変形されてしまえば,その問題に関して厳密な物理量を計算することは易しい.このやり方で,我々は近似なしには到達できないサイズの系の計算を行うことができる.

図1: 「縮約」操作.丸印はバーテックス(つまりスピン)を表し,直線はエッジ(つまり2体相互作用)を表す.実線はまだ縮約されていないエッジで,破線はすでに縮約されたエッジ

この方法を用いて我々はさまざまな物理量を計算した.たとえば,3次元系ではスピングラス帯磁率がある温度で急激な変化を示し,この温度付近で転移があることに対応している.図2はビンダーパラメータの温度依存性をさまざまなサイズについて示したもので,異なるサイズに関する曲線が交わる点が転移温度を与える.交点から \(T_c = 1.0 J\),\(g_c = 0.9\) という評価が得られる.挿入図はその有限サイズスケーリングであり,ここから,臨界指数 \(\nu\) について \(\nu = 1.85\) という評価が得られる.これらの値は近似を用いない,最新のモンテカルロシミュレーションの結果 \(T_c = 0.98(5)\) , \(\nu = 2.00 (15)\) に近い値であり,用いている近似の「乱暴さ」から考えるとむしろ不思議なほど一致している.また,MK近似から得られた値 [4] \(T_c = 0.39\) and \(\nu=2.8\) に比べても良い.

図2: 3次元モデルのビンダーパラメータ.システムサイズは高温側で大きな値をもつものから,L=4, 8, 16, 32, 64, 128 の順になっている.矢印は2つの隣接したシステムサイズの曲線が交わる位置を示す.挿入図は L=32, 64, 128 のデータを使った有限サイズスケーリング.

オーバーラップの分布関数に有限の幅があるかどうかが,上述の2つのパラダイムのどちらが正しいかの判定条件の1つになっている.我々の近似は幅がゼロであることを示し,ドロップレット描像と整合性のある結果を導くが,近似のためである可能性があり,これをもってドロップレット描像が正しいと結論を下すことまではできない.

(by 川島直輝)

References

[1] N. Kawashima and A. P. Young: “Phase transition in the three-dimensional ±J Ising spin glass”, Phys. Rev. B 53 (1996) R484.
[2] N. Kawashima: “Tree approximation for spin glass models”, J. Phys. Soc. Jpn. 25 (2006) 073002.
[3] E. Marinari, G. Parisi and J. J. Ruiz-Lorenzo: “Phase structure of the three-dimensional Edwards-Anderson spin glass”, Phys. Rev. B 58 (1998) 14852.
[4] B. W. Southern and A. P. Young: “Real space rescaling study of spin glass behavior in 3 dimensions”, J. Phys. C 10 (1977) 2179.