bct格子 量子XYモデルにおける漸近的次元低下

フラストレーションの第一の効果は相殺によって相互作用を実行的に小さくすることである.準2次元系においてはフラストレーションがあると,層間の独立性を高めることになる.しかし,有限温度では,熱揺らぎの効果のために,完全な2次元性が観測されるほどの相殺が行われることはない.Maltseva と Coleman によって示されたように,ゼロ点振動の効果のために,絶対零度であっても完全な2次元性は見られない.結果として,現実の2次元系では,常に3次元系のユニバーサリティクラスの臨界現象が観測されることになる.しかし,我々は,量子臨界点近傍では,このシナリオが必ずしも当てはまらないことを見出した.[1] すなわち,量子臨界点に近付くにつれて,熱揺らぎ,量子揺らぎがともにゼロになり,漸近的に2次元性が出現することがあるのである.

この現象が最初に実験的に観測されたのは,BaCuSi2O6 における量子臨界現象である.[2]これのスピン対からなる物質のもつ高い対称性がフラストレーションの起源であり,量子臨界現象における次元効果を明らかにする上で,ユニークな特性を生み出している.この物質においては正方格子の層が互いに積層してBCT格子を作っている.各ダイマーにおける3重項のうちエネルギーの高い2つを無視することによって,この物質を,BCT格子上の S=1/2XYモデルとみなすことができる.我々は,その問題をスピン波近似でとりあつかい,マグノン励起を調べた.[1]  面間の有効相互作用は励起されたマグノンの密度に比例しており,絶対零度近傍では,純粋な2次元的振る舞いを示すことが分かった.有限温度で熱的に励起されたマグノンがもたらす面間相互作用によって,量子臨界的振る舞いから3次元的振る舞いへのクロスオーバーが発生する.特に,臨界磁場の温度依存性を特徴づける臨界指数は2次元量子系のものであり,実験と一致する.[2]

Figure 1: BCT 格子

実験結果と完全な2次元系の結果は単なる定性的に一致ではなく,図2に示されるように定量的にもよく一致する.上のパネルは BaCuSi2O6  実験で観測された臨界磁場の値と量子モンテカルロ法から得られた純粋に2次元的な系の臨界磁場の値を重ねてプロットしたものである.量子モンテカルロ法で用いたモデルの結合定数は実験的に決定されたものであり,ここではフィッティングパラメータは一つもないことに注意すべきである.両方とも,漸近的には線形の振る舞いをしめし,これは,2次元量子臨界現象の特徴である.この結果は,磁化の磁場依存性(下左)や,温度依存性(下右)からも確認される.

Figure 2: Static properties of BCT XY model. The phase boundary (top), the magnetization vs the field (bottom left) and the temperature (bottom right).

(by 川島直輝)

[参考文献]

[1] C. D. Batista,  J. Schmalian, N. Kawashima, P. Sengupta, S. E. Sebastian, N. Harrison, M. Jaime and I. R. Fisher, Phys. Rev. Lett. 98, 257201 (2007).
[2] S. E. Sebastian, N. Harrison, C. D. Batista, L. Balicas, M. Jaime, P. A. Sharma, N. Kawashima and I. R. Fisher, Nature 441, 617 (2006).