絶対零度でも磁気秩序や対称性の破れを生じない量子スピン液体の探索は現代の物性物理学における大きな研究対象となっている。量子スピン液体を実現する方法の一つとして、スピンの高い対称性により量子揺らぎを増大することが考えられる。SU(2)対称性を持ったスピンが相互作用する通常の反強磁性ハイゼンベルグ模型において、スピンの対称性をSU(N)に拡張したSU(N)ハイゼンベルグ模型では、Nが十分に大きな極限では、バレンスボンド固体(VBS)と呼ばれる、磁気秩序が無いまま格子の並進対称性や回転対称性が破れた状態が実現することが知られており[2]、Nが小さい状況での反強磁性秩序と、Nが大きいVBS秩序との間に、スピン液体状態が存在する可能性について議論が行われている[3,4]。
我々は、このSU(N)反強磁性ハイゼンベルグ模型において、SU(N)のNの値や表現を変えた場合の基底状態について考察した。ここで、「表現を変える」ことは、通常のSU(2)スピンにおいて、スピンの大きさSを変えることに相当しており、SU(N)表現の列の数を n とすると、S=n/2 の関係が成立している。 Nが大きい領域での計算(1/N展開)では、VBS状態のパターンは、nを4で割った余りで決まり、余りが1,3の場合には、Columnar VBS(図1(a))と呼ばれる秩序、余りが2の場合には、Nematic VBS(図1(b))と呼ばれる秩序、余りが0の場合には、S=1の一次元スピン系のハルデーン相と同様に、対称性の破れがないVBS状態が実現すると期待されている[2]。Nがほどほどの大きさでの基底状態については、n=1の場合に量子モンテカルロ法による数値計算から、Nが4以下で反強磁性状態、5以上でColumnar VBS状態となって中間相がないとが確認されている[3,4]一方で、nが2以上の場合については、反強磁性秩序とVBS秩序の相境界については明確な結論が得られていなかった。
本研究では、並列化した量子モンテカルロ法を用いてこれまでよりも大きな系での計算を行うことで、SU(N)表現の列の数 n が2の場合には、Nが9以下では反強磁性秩序、Nが10以上ではNematic VBS秩序が基底状態となり、中間相が存在しないことを明確に示した(図2)。一方、n=3の場合には、Nが15以上で反強磁性秩序が消失する一方で、明確なVBS秩序は観測されず、中間相の存在を否定する結果は得られなかった。ただし、VBS秩序パラメタのサイズ依存性と 1/N 展開との比較から、今回の計算したシステムサイズ L≤128では強い有限サイズ効果に隠れて秩序が観測されないことが示唆されるため、今回の結果は、直ちに中間相の存在を意味するものではない。将来、より大きな系( L∼500)での計算が可能になれば、n が3以上での中間相の有無がはっきりすると期待される。
(by 大久保 毅)
[参考文献]
[1] T. Okubo, K. Harada, J. Lou and N. Kawashima: Phys. Rev. B 92, 134404 (2015).
[2] N. Read and S. Sachdev: Phys. Rev. B 42, 4568 (1990), N. Read and S. Sachdev: Nucl. Phys. B 316, 609 (1989).
[3] K. Harada, N. Kawashima and M. Troyer: Phys. Rev. Lett. 90, 117203 (2003).
[4] N. Kawashima and Y. Tanabe: Phys. Rev. Lett. 98, 057202 (2007).