歪んだカゴメ格子古典ハイゼンベルグ反強磁性体の相転移

カゴメ格子は,三角形が頂点を共有して結合した二次元のネットワークであり(図1),相互作用が競合する幾何学フラストレーションの典型的な舞台となっている.例えば、カゴメ格子上で最近接相互作用する古典ハイゼンベルグ反強磁性体では,格子の強いフラストレーションにより基底状態が大規模に縮退しており,その磁気的な秩序化には多くの興味が持たれてきた.近年,このようなカゴメ格子反強磁性体と良く近似できる物質として,ハーバートスミス石,ボルボース石,ベシニエ石(ZnCu3(OH)6Cl2,Cu3V2O7(OH)2, BaCu3V2O8(OH)2)といった銅鉱物が注目され,実験的に盛んに研究されている[1].しかし,これらのうち,ボルボース石,ベシニエ石では,カゴメ格子はわずかに歪んでおり,この格子歪みが磁気秩序化に与える影響についての理論的な解析が期待されていた.

我々は,格子の歪みによるスピン間の交換相互作用の変化を考慮し,図1の様に,カゴメ格子上の一軸方向の交換相互作用J2がその他の相互作用J1と異なる,歪んだカゴメ格子上の古典ハイゼンベルグスピン系の秩序化を,モンテカルロシミュレーションにより解析した.その結果,歪みの効果により,歪みの無いカゴメ格子では見られなかった新しい一次相転移が,交換相互作用 J1と比べて0.1%以下のごく低温で生じることが明らかとなった[2].この一次相転移には,スピンが作るベクトル・カイラリティのドメイン壁や,Z2渦と呼ばれる特殊な渦励起といった,トポロジカルな励起が関係していることが示唆されており,フラストレート磁性体における新奇な秩序化機構が起源となっている可能性がある.

図1.カゴメ格子の模式図.本研究では,格子が一軸方向(赤線)に歪むことにより,スピン間の交換相互作用が変化したモデルを解析した
図2.歪みの大きさ \(r = J_2/J_1\) と温度 \(T\) の空間での相図[2]

(by 大久保毅)

[参考文献]

[1] P. Mendels and F. Bert, J. Phys. Soc. Jpn. 79, 011001 (2010), Z. Hiroi, et al, J. Phys.:Conf. Ser. 320, 012003 (2011), Y. Okamoto, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 033701 (2009).等

[2] H. Masuda, T. Okubo, and H. Kawamura, Phys. Rev. Lett 109, 057201 (2012).