虚数時間軸

スピンの各成分が可換である古典近似においては,各成分を座標成分を考えることでスピンを「矢印」であらわすことができる.これに対して量子性を近似なしで扱う場合には,一般にそのような表示をすることができない.しかし,有限温度の性質に限れば,本質的には「矢印の集団」による近似が定性的に可能である.スピン成分の非可換性,すなわち量子性が本質的に重要な役割を果たす舞台は,絶対零度における相転移(量子相転移)である.ここにおいては,「虚数時間」が新たな次元として現れる.

古典系との対応

たとえば,普通スピンの z 成分だけからなるイジングモデルに x 方向の磁場をかけたものを横磁場イジングモデルという.横磁場イジングモデルは量子スピンモデルであり,絶対零度において横磁場を0から大きくしていくと,強磁性相から無秩序相への2次転移が起こる.この相転移においては,虚数時間の次元は1であり,対応する臨界現象は,d+1 次元の古典イジングモデルの有限温度での転移と本質的に等価である.ここで,d は空間の次元,+1 が虚数時間軸からの寄与である.この例では,虚数時間軸は定数倍を除いて空間軸と等価であるが,これは一般には成り立たない.

古典的スピン(ネール状態)

マグノンの凝縮

たとえば,我々が調べたS=1で一軸異方性のある系(参考:「一軸異方性のあるハイゼンベルクモデルの量子モンテカルロシミュレーション」)では,虚数時間軸が空間軸とは異なる次元をもっており, その臨界現象は,d+1 次元の古典系のものには単純には対応しない.この転移は,ボーズ統計に従うマグノンのボーズ凝縮と解釈できる.

超流動固体

ボーズ粒子において空間的な結晶秩序(固体性)を保ちながら,超流動性をもあわせもつ状態が超流動固体と呼ばれ,その存在が盛んに議論されているが,格子系においては超流動固体が存在することは比較的簡単に示すことができる.(参考:「面心立方格子上の超流動固体状態」)

朝永ラッティンジャー液体相

1次元量子スピン系は低次元性に起因する強い揺らぎのために,特に多彩な量子転移,量子相を示すことで知られる.そのひとつが2点相関がべき減衰を示す臨界的な状態が臨界点だけでなく有限の範囲でみられることである.たとえば,S=1/2の1軸異方性スピン鎖に対して異方軸に平行に磁場をかけたときに,そのような量子系特有の臨界状態が出現する.(参考:「弱い鎖間相互作用を持つS=1/2反強磁性XXZモデルの磁場中秩序状態」)

量子的スピン(VBS状態)

脱閉じ込め転移

2次元系においても,量子系に特有の臨界現象が議論されている.ひとつの例はスピン空間の SU(2) 対称性が自発的に破れた反強磁性秩序状態から,実空間の格子の回転対称性が自発的に破れたVBS状態と呼ばれる相への相転移である.(参考:「SU(N) ハイゼンベルクモデルにおける空間構造の出現」)この相転移はイジングモデルにおける単純なスピン空間対称性の破れと異なり,どちらの相がより高い対称性を持つとはいえないような状況になっていることが重要である.したがって,仮にこの転移が2次転移であれば,「対称性の自発的な破れ」とは言えない2次相転移が存在していることになる.場の理論による考察から,この転移は一種のスピノンが臨界点においてのみ自由になる「脱閉じ込め」臨界現象であるという予想もされている.

量子エンタングルメント

近年,暗号解読の可能性が指摘されたことによって,量子コンピュータや量子エンタングルメントに関する議論が盛んである.量子スピンモデルは,シンプルで十分に研究されてきた対象であるため,従来の量子統計力学的概念と量子エンタングルメントとを結びつけるうえで,格好の理論的な研究の舞台にもなっている.(参考:「2次元VBS状態におけるエンタングルメント・エントロピー」)