非局所更新による並列化量子モンテカルロアルゴリズム

量子多体系の大規模計算によって解明が期待できる問題は数多く残されている。 近年のハイパフォーマンス・コンピュータは、京コンピューターに代表されるように、多数コアによる大規模並列により計算性能を稼ぐものが主流であり、大規模計算を行う場合、アルゴリズムの並列化が有効な手段として挙げられる。ファインマンの経路積分表示に基づく世界線量子モンテカルロ法は比較的大きなサイズの量子多体系を統計誤差の範囲内で精密に計算できる数値計算手法であるが、中でもワームアルゴリズム[1,2]は、大域的な更新ができる、汎用性の高い優れたアルゴリズムである。 しかし、ワームアルゴリズムでは、空間の1点に着目し、そこに挿入されたワームと呼ばれるオペレーターがループを描きながら世界線の状態を更新していく、イベント駆動型であることから、並列化が非自明である。

我々は向き付きループアルゴリズム(DLA)[2]に基づき、複数のワームを配位空間中に挿入でき、配位空間をドメイン分割できる並列計算向きのアルゴリズム(Parallelized Multi-Worm Algorithm = PMWA)を考案した(図1)。複数ワームはモデルハミルトニアンにソース場ηを付加し調節することにより導入され、測定された物理量をη=0の極限に外挿することによってソース場のない時の結果が得られる。ワームを複数扱う際には、これまでのワームアルゴリズムと同じ手続きでは時間反転対称性を満たすように状態更新がでないが、我々のアルゴリズムはこれを満たすようにできている。また、ドメイン間通信によりワームのドメイン間移動とドメイン境界の状態更新が有効的に果たされ、エルゴード性も保たれている。この際の情報転送量はドメイン表面積にしか依存しないため、プロセッサ並列数が増えても高い並列化効率を維持することができる。 このアルゴリズムはこれまでのワームアルゴリズム同様、ソフトコア・ボーズ粒子系や、不符号問題のない量子スピン系に適用できる。

図1:PMWAでのワームがいるの配位空間。

我々はこのアルゴリズムを正方格子上拡張ハードコア・ボーズ・ハバードモデル

に適用し、ベンチマーク計算を行った。 ここでiサイトのボゾンの消滅(生成)演算子を bi (bi†)とし、 tは隣接サイト間の粒子のホッピングエネルギー、Vは隣接サイトの粒子間相互作用、μは化学ポテンシャルをそれぞれ表している。我々は物理量のηに関する外挿則を導き、DLAの結果と比較することで、物理量がそれに従い振る舞うことを確認した。 図2(a)は超流動相でのボーズ・アインシュタイン凝縮秩序変数Qをηの関数としてプロットしたものである。ここではLを一方向あたりの全格子数、βを逆温度としたとき、最大でL×L×β =10,240×10,240×16のサイズの計算を3,200プロセッサ並列により実現した。 これはシングルプロセッサの計算で実行できるサイズを大きく上回っている。 また、我々はアルゴリズムの精度を評価するために、標準誤差のドメイン分割数Nの依存性を調べた。 分割による緩和速度の低下は非常に小さいことがわかった(図2(b))。 また、ストロングスケーリングでの並列化効率が非常に良いために、同じ実時間内で従来のアルゴリズムと比較した場合、 N>8で従来のアルゴリズムの精度を上回り、Nを上げるにつれさらに精度が向上することを確認できた(図2(c))。

図2:(a)様々なシステムサイズにおけるボーズ・アインシュタイン凝縮秩序変数のη依存性。 (b)モンテカルロステップ数を固定したときの標準誤差の分割数依存性。 (c)実時間を固定したときの標準誤差の分割数依存性。[3]
(by 正木 晶子)

参考文献

[1] N. Prokof’ev, B. Svistunov and I. Tupitsyn, Sov. Phys. JETP 87, 310 (1998) 等.
[2] O. F. Syljuasen and A. W. Sandvik, Phys. Rev. E 66, 046701 (2012).
[3] A. Masaki-Kato, T. Suzuki, K. Harada, S. Todo and N. Kawashima, Phys. Rev. Lett. 112, 140603(2014).

2次元VBS状態におけるエンタングルメント・エントロピー

近年、量子多体系におけるエンタングルメントの定量的な研究が量子情報、物性・統計物理学の垣根を越えて盛んに行われている。 特に gapless の一次元系に関しては、エンタングルメント・エントロピーと呼ばれる指標から、 対応する共形場理論の情報が読み取れることが知られている。 また Haldane 系のように gap のある一次元系については、エンタングルメントエントロピーの飽和値と端状態の関係が、 厳密対角化や AKLT 模型を用いた解析を通じて明らかにされている。 本研究では、この端状態による解釈が二次元以上の場合にも成立するか否かを、一般のグラフ上の valence-bond-solid 状態 (VBS 状態)を用いて調べた。 二次元以上の場合には、一次元系の解析において有効である転送行列法などが使えなくなるという技術的な困難があるが、 我々はモンテカルロ法と厳密対角化を組み合わせた新しい手法を開発し、その手法を適用して正方格子および蜂の巣格子上の VBS状態でのエンタングルメントエントロピーを計算した。

その結果、二次元以上の場合には一次元と異なり、十分大きな部分系においても 「(エンタングルメントエントロピー)=log(端状態の数)」という関係が成立せず有意な補正が生じることが明らかになった。 また正方形から成る ladder 上および、六角形から成る ladder 上におけるエンタングルメントエントロピーの値を厳密に解析した。

図1:正方格子上におけるVBS状態
図2:蜂の巣格子上におけるVBS状態

(by 田中宗)

[参考文献]

[1] Hosho Katsura, Naoki Kawashima, Anatol N. Kirillov, Vladimir E. Korepin and Shu Tanaka, J. Phys. A: Math. Theor. 43 (2010) 255303.

容易軸異方性のある三角格子反強磁性体のモンテカルロシミュレーション

フラストレーションのある磁性体は、統計物理学的観点からも、あるいは物性科学的観点からも非常に興味深い物質であり、 これまで非常に多くの研究が理論・実験両面からなされてきた。 理論的には、フラストレーションの効果により新奇な秩序構造が出現する点が、フラストレーション物性の重要な点の1つである。 近年、中辻知研究室(東京大学物性研究所)において、三角格子反強磁性体の新物質 Rb4Mn(MoO4)3 が合成された(図1)。この物質は磁性を担うイオンがMn2+であり、S=5/2のスピンが三角格子のネットワークを形成している物質である。 帯磁率測定から、この物質は小さい容易軸異方性があることが実験的に確認されている。

図1: Rb4Mn(MoO4)3の構造

そこで我々は、容易軸異方性を持つ三角格子反強磁性体のモンテカルロシミュレーションを行い、 磁場の印加方向が容易軸に平行な場合、垂直な場合それぞれについて相図を得た(図2)。 ここで我々が導入したモデルは、最近接サイトに働く反強磁性的相互作用および、 1イオン異方性項の2つのパラメータのみから成る非常にシンプルなモデルである。 実験により得られている、ゼロ磁場中での2つの相転移温度の情報を元に、我々は容易軸異方性の強さを決定した。 その値を用いて磁場中における帯磁率ならびに比熱の振る舞いを検討したところ、定性的だけではなく、 定量的にも高い精度で実験の値と一致することがわかった。

図2:  磁場中相図。 磁場が容易軸に平行な場合(左)、磁場が容易軸に垂直な場合(右)。 点線はモンテカルロシミュレーションより得られた結果。 実験で得られた相図と高い精度で定量的に一致している。

(by 田中宗)

[参考文献]

[1] Rieko Ishii, Shu Tanaka, Keisuke Onuma, Yusuke Nambu, Masashi Tokunaga, Toshiro Sakakibara, Naoki Kawashima, Yoshiteru Maeno, Collin Broholm, Dixie P. Gautreaux, Julia Y. Chan, and Satoru Nakatsuji, Europhysics Letters 94, 17001 (2011).

無秩序相においてシャープなピークをもつ光学格子中ボゾンの運動量分布

超流動モット絶縁体転移[1]が実現して以来,光学格子中にトラップされたボーズ粒子系の研究が精力的に行われている. この系は正方格子上のボーズ・ハバードモデルによってよく記述される.

ここでi サイトのボゾンの生成(消滅)演算子を bi (bi†)とし, Z=6 は最近接のサイト数, t/Zは最近接サイト間の粒子のホッピングエネルギー, Uは同一サイトにおける粒子間の斥力相互作用をそれぞれ表している. 光学格子を形成するビームの強度を変えることにより tとUの比を調節することが可能である点で, 光学格子系は量子多体問題を取り扱うのに理想的な系であると言える. ここでは有限温度相転移を議論するため,化学ポテンシャルμ の空間的な勾配を無視し,μ/U=1/2を選び, 修正向きつきループアルゴリズム[2]を用いた量子モンテカルロシミュレーションの結果を紹介する.

図1はこの系の有限温度における相図である. 相互作用比t/Uが大きい領域では有限温度で 無秩序相から超流動相への転移が起こる. 相互作用比t/Uが小さくなるにつれて転移温度 Tcが低くなり, 量子臨界点でTc=0となる. 一方,相互作用比t/Uが量子臨界点より小さい領域では, T=0 でギャップΔが有限であるモット絶縁体相となる.

図1 μ/U=1/2における有限温度相図
ギャップΔと相転移温度 Tc が0になる点が量子臨界点 t/U=0.192(2)である. [3]

タイムオブフライト法を用いた実験では,一方向に積分されたボゾンの運動量分布が干渉パターンとして観測される. 量子モンテカルロ法における対応する物理量は,

である.なお W(k) はワニエ関数のフーリエ成分であり,n(k)= Σi,j < bi bj > exp{ik⋅ (rirj)}である. 図1中に3つの領域(超流動相,モット絶縁体相,臨界領域)における,典型的な干渉パターンを示した. 実験でも観測されているように超流動相では干渉ピークにシャープなピークが存在し, モット絶縁体相ではそのピークが消えていることがわかる. これまでこのシャープなピークは超流動相の指標とされてきた.図2に示したのは転移点付近の無秩序相 (t/U=0.25 ,T=1.1Tc ) における干渉パターンである. この点では超流動密度は0であり,明らかに無秩序相であるにも関わらずシャープなピークが観測されている. したがってシャープなピークは必ずしも超流動相を示すとは限らないことがわかった. 臨界温度付近の無秩序相におけるシャープなピークは,運動量0付近のピークの幅が相関長の逆数に対応していることで理解できる. 臨界点では相関長が発散するため,臨界点近くでは無秩序相であってもシャープなピークが観測される.

図2.転移温度付近における一方向に積分されたボゾンの運動量分布N (kx, ky) および,ky=0 における断面図. 用いたパラメータは, t/U=0.25, μ/U=1/2, Tc/t=0.7 であり,格子のサイズは 123である. [3]

(by 加藤康之)

[参考文献]

[1] M. Greiner, O. Mandel, T. Esslinger, T. W. Hänsch, and I. Bloch, Nature 415, 39-44 (2002).
[2] Y. Kato, T. Suzuki, and N. Kawashima, Phys. Rev. E 75, 066703 (2007).
[3] Y. Kato, Q. Zhou, N. Kawashima, and N. Trivedi, Nature Physics 4, 617 (2008).