フラストレート磁性体における相転移のクロスオーバー

フラストレート磁性体の中には、系がいくつかの副格子によって構成され、それらが互いにフラストレートしたカップリングによって相互作用するという構造のものがある。正方格子J1-J2モデルや、面間がフラストレートしているbct格子上のスピン系などがこれに該当する。副格子内カップリングに比べて副格子間カップリングが小さい場合を考えると、各副格子のオーダーパラメターの間に双一次有効相互作用が存在しないことが系の対称性から示される。副格子間の有効相互作用は双二次相互作用からはじまり、これはスピンの四重極モーメントをそろえるはたらきをする。この副格子間の双二次相互作用により、基底状態はスピン回転対称性に加え、イジング的なZ2対称性が破れた状態となる。

我々は、BaCuSi2O6との関連 [1]から特にXYスピン系の場合に注目して、このような付随的なZ2対称性の破れを伴う相転移現象について調べた [2]。具体的には副格子間相互作用(∝λ)をゼロとしたモデル(その相転移はもちろんXYユニバーサリティクラスに属する)の近傍のくり込み群の流れを、モンテカルロ法によって数値的に解析した。上に示した図は得られた数値くり込み群の流れである。この図はゼロ・スケーリング次元のパラメターのサイズ依存性を示しており、二次相転移点では流れは非自明な固定点に収束するべきものである。我々の計算によって得られた流れは、XYユニバーサリティクラスの分離固定点(図中大きい丸印)から系統的に遠ざかり、途中にセパラトリックスや安定固定点をもつことなく、一次相転移が別途確かめられている領域(λ=-2、挿入図のダブルピーク構造のエネルギーヒストグラムを見よ)へと至る構造をもつことが分かる。このことは、双二次の副格子間相互作用が分離固定点においてrelevantであって(これはスケーリング解析からも示すことができる)、その結果引き起こされる相転移のクロスオーバーが一次転移に帰着する、ということを意味している。

図1:3次元2重XYモデル(2つのXYモデルを双二次相互作用で結合させたモデル)の数値くり込み群の流れ図。2つのXYモデルの間の相互作用(λ)が有限のとき、くり込みの流れはλ=0の独立XY固定点から系統的に遠ざかり、一次相転移が確かめられている領域(λ=-2)に至る。

BaCuSi2O6においては一次転移を示唆する実験報告はなく、比熱のふるまいなどはXYモデルでよくフィットされる。このことはこの物質が非常に擬二次元性の強い系で、その結果、面間相互作用の2次の摂動であらわれる副格子間双二次相互作用が非常に小さいものとなるため、相転移の最近傍であらわれる非常に弱い一次相転移へのクロスオーバーをとらえることが、通常の実験精度では非常に難しいためであろうと考えられる。

(by 紙屋佳知)

References

[1] Y. Kamiya, N. Kawashima, and C. D. Batista, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 094008 (2009).
[2] Y. Kamiya, N. Kawashima, and C. D. Batista, Phys. Rev. B 82, 054426 (2010).

弱い鎖間相互作用を持つS=1/2反強磁性スピン鎖の有限温度下における秩序状態

近年、強い反強磁性イジング異方性を持つスピンS=1/2XXZモデルでは、超流動固体状態やカゴメ格子上で現れる新奇なVBS状態など、強い量子揺らぎとイジング異方性に起因した興味深い秩序状態が磁場中で数多く見つかり盛んに研究が行われている [1]。この系は格子形状が立方格子の場合に極低温領域で異方軸方向に磁場を印加するとスピンフロップ転移することが知られている [2]。すなわち異方軸方向にスピンが反強磁性的にそろったネール状態から磁場垂直面内でスピンが反強磁性的にそろった有限磁化状態へ一次転移する。一方純粋な1次系であるS=1/2XXZスピン鎖の場合、有限磁化を持つ磁場領域において系の低エネルギー励起が朝永-ラッティンジャー(TL)液体で記述される臨界相が現れる。このTL液体相では、高磁場側で磁場垂直面内の反強磁性相関、低磁場側で磁場方向の非整合周期を持つスピン密度波相関が支配的なスピン揺らぎとなる。したがって、鎖間相互作用が働く場合、鎖内の支配的なスピン揺らぎを反映した秩序状態が実現すると期待される。つまり、低磁場側では非整合周期を持ったスピン密度波状態が実現すると期待される。しかし、鎖間と鎖内相互作用が同じ強さ同じになる3次元系では非整合スピン密度波相は存在しない。このことは、鎖間相互作用の強さを変えた場合に、古典的な描像では記述できない非自明な繰り込み群固定点の存在を示唆しており、理論的に非常に興味深い。



図1:2Dの場合の温度磁場相図(上)と3Dの場合(下)。黒丸はIsing対称性破れを起こす温度で白丸はU(1)対称性の破れる転移点を表す。

我々は、弱い鎖間相互作用が働くS=1/2XXZスピン鎖モデルの磁場中秩序状態について量子モンテカルロ法を用いて調べ、鎖間相互作用の強さを変えた場合の温度磁場相図と現れる秩序相を明らかした。その結果、S=1/2XXZスピン鎖が鎖間相互作用を通して3次元立方格子を組む場合には、低磁場-極低温領域において非整合スピン密度波状態が長距離秩序状態として現れることがわかった。しかし、2次元正方格子を組む場合には、極低温領域まで秩序相への相転移が現れず、常磁性相が広がっていることがわかった [3]。図1に得られた温度磁場相図を示す。

(by 鈴木隆史)

References

[1] F. H’ebert, et al., Phys. Rev. B 65, 014513 (2001); M. Boninsegni and N. Proko’ev, Phys. Rev. Lett. 95, 237204 (2005); D. C. Cabra, et al., Phys. Rev. B 71, 144420 (2005); S. V. Isakov, et al., Phys. Rev. Lett. 97, 147202 (2005); A. Banerjee, et al., Phys. Rev. Lett. 100, 047208 (2008).
[2] M. Kohno and M. Takahashi, Phys. Rev. B 56, 3212 (1997).
[3] T. Suzuki and N. Kawashima, K. Okunishi, J. Phys. Soc. Jpn. 76, 123707 (2007); K. Okunishi and T. Suzuki, Phys. Rev. B 76, 224411 (2007).