フラストレート系

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フラストレーション

「こちらを立てればあちらが立たず」という状況をフラストレーションという.物理学に限らず,およそ非自明な現象は何らかの互いに競合する作用・効果,すなわち広い意味のフラストレーションに起因している.これは,フラストレーションが存在すると,生の自由度からは自明には導かれない新しい自由度が生じるからである.たとえば,互いに反対方向を向きたがるスピンが3つあると,自然と互いに120度の角度をなす状態に落ち着く.120度状態は,右巻きと左巻きの2つに分類され,これがカイラリティ自由度と呼ばれるものである.独立しているときには120度構造をとりたがる三角格子系が複数あって,それらが互いに相互作用しているときには,非整合秩序相や,自発的格子回転対称性の破れなど,更に複雑な秩序相が現れる.(参考:「古典ハイゼンベルクモデルにおける三回対称性破れを伴う一次転移」) また,一軸異方性や磁場などが加わると,多様な秩序相が現れることが実験とシミュレーションによって確かめられている. (参考:「容易軸異方性のある三角格子反強磁性体のモンテカルロシミュレーション」)

次元低下

bct 格子上のXYスピン系

フラストレーションは量子臨界現象にも面白い効果をもたらす.たとえば,正方格子が0.5格子間隔ずつずれて積層した構造をもつ bct 格子では,面間相互作用効果が絶対零度の量子臨界点に近付くにつれて小さくなるために,漸近的には面間相互作用のない完全な2次元系としての性質を示す.(参考:「bct 格子量子XYモデルにおける漸近的次元低下」) また,この系は有限温度においても,上記のカイラリティ自由度に似た Z2 自由度のために,通常の3次元XYモデルの臨界現象でない相転移現象を示すことが最近になって分かった. (参考:「スピンダイマー系 BaCuSi2O6 における新しい相転移」)

ダイポール相互作用

現実の磁性体は常に弱いながら双極子相互作用を持っており,これが無視できない場合も存在する.双極子相互作用は現実の磁性体のほか,強誘電体の物性を考える際にも重要で,リラクサーなど,特異な遅い緩和現象を示す系の理解を進めるために,モンテカルロシミュレーションが有効である.(参考:「 2次元ハイゼンベルク双極子格子のモンテカルロシミュレーション」)

スピングラス

フラストレーションにランダムネスの効果が加わったものがスピングラスである.通常の規則的なフラストレート系では,有限スケールの繰りこみ変換によってフラストレーションのないモデルに帰着するが,スピングラス系の特質は,どこまで繰りこんでいっても,フラストレーションとランダムネスが残る点にある.すなわち,全てのスケールで自由度が互いに競合しあっているわけで,人間の社会を彷彿とさせる非常に面白い研究対象である.しかし,それだけに難しく,理論的に完全な取り扱いはほとんど不可能,数値計算はNP困難,実験は平衡状態に達することはなく,どのような手段によっても,満足のいく結論が出ない難問中の難問である.このため,様々な近似手段が考案されている.(参考:「スピングラスモデルに対するツリー近似」)

NP困難

スピングラスモデルのように複雑なフラストレート系の基底状態を計算機を用いて求めることは(もちろん紙と鉛筆だけではなおさら)困難である.たとえば,3次元スピングラスの基底状態を求める問題はNP困難であることが知られている.その意味は,「もし,3次元スピングラスの基底状態を多項式時間で求める方法が見つかったならば,『解の候補が与えられたとき,それが正解かどうかを多項式時間で検証できるような問題は(解の候補が与えられなくても)多項式時間で解ける』ということが一般に示せる」ということを意味する.『  』の部分はありそうもないことなので,3次元スピングラスの基底状態を多項式時間で解く方法は存在しないと考えられている.

シミュレーティドアニーリング

とはいえ,我々の取り巻く問題はすべて何らかの最適化問題であるといってもいいほど,最適化問題は普遍的である.最善でなくても何らかの解を得る試みを止めるわけにはいかない.どんな問題にも適用可能な非常にフレキシブルで,しかも多くの場合,「そこそこの」結果が得られる方法として,シミュレーディドアニーリングが知られている.これは,問題に人工的な温度を導入して,高温から徐々に冷やすことで最適解を得ようとするものであり,物理的考察から生まれた最適化手法と言える.最近は温度だけでなく量子揺らぎを利用する試みも行われている.(参考:「熱・量子同時制御型アニーリング法の開発」)