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研究紹介

一次元スピンS=1反強磁性ボンド交替ハイゼンベルグモデル(ボンド交替比1:α)は、α〜0.6においてハルデーン状態からダイマー状態に量子相転移することが知られている(Kato and Tanaka, JPSJ 63, 1277 (1994) 等 )。最近、ダイマー相に属するモデル物質NTENPに対して、量子化軸に垂直方向の磁場を印加した場合の非弾性中性子散乱実験が行われ、ブリルアンゾーン中心(q=π)の興味深い動的性質が明らかにされた(Hagiwara et al, PRL 94 (2005) 177202)。すなわち、


  • 零磁場(H=0)において、三重項励起の散乱ピークは一軸異方性によって2つに分裂する。2つのピークのうち、高エネルギー側の散乱強度は期待される大きさより非常に小さく、低エネルギー側の散乱強度の約1/7程度しかない。これに対してハルデーン物質NDMAPでの散乱強度比は予想通り約1/3である。
  • 垂直磁場中では、低エネルギー側のピークは更に分裂する。一方のピークのエネルギー位置は磁場によってほとんど変化しない。他方のピークは磁場増大に伴い低エネルギー側へシフトし、臨界磁場Hc=11.2Tでエネルギーギャップが閉じる。また、高エネルギー側のピークは磁場増大に伴い、高エネルギー側にシフトし、Hcの約1/3の磁場でピークが消滅する。一方NDMAPでは、臨界磁場まで3つのピークが存在する。
  • 臨界磁場以上において、NDMAPでは3本のピークが現れるのに対し、NTENPでは1本しか現れない。

  • このように、ダイマー相にあるNTENPとハルデーン相にあるNDMAPでは、垂直磁場中での動的性質が著しく異なる事が明らかにされたがその起源は不明なままあった。本研究では、数値厳密対角化法を用いて、一軸異方性を持つS=1ボンド交替ハイゼンベルグ鎖の垂直磁場中における動的構造因子(平行成分Szz(q,ω)、垂直成分Sxy(q,ω)(xx成分+yy成分))を計算した。そして、得られた結果を基にM.Takahashiによって提案された方法(Takahashi, PRB 50, 3045 (1994))で有限サイズ効果を解析し、注目する励起状態が1マグノン孤立モードを形成するのかマルチマグノンによる素励起連続帯に属するのかを調べた。特に、ボンド交替比が変化して系がハルデーン相からダイマー相に量子相転移をするのに伴い、素励起連続帯の磁場依存性がどのように変化するのかに注目しながら系の動的性質を調べた。

    図1にNTENP、NDMAPに対応するパラメータを用いてSzz(q,ω)、Sxy(q,ω)を計算した結果を示す。ただし、図1は注目するピークの散乱強度と励起エネルギーについて、無限大の系への外挿を行った結果である。まず、零磁場における結果から以下のことが明らかになった。

  • 実験で観測される高エネルギー側のピークはSzz(π,ω)に現れ、低エネルギー側のピークはSxy(π,ω)に現れる。すなわち、それぞれのピークはSz=0、Sz±1の1マグノン孤立モードに起因する。
  • 二つのピークの散乱強度比はNTENPで1/8、NDMAPで1/3と評価され、観測値とほぼ一致する。
  • 第二励起状態の動的行動因子を解析した結果、これらは素励起連続体を形成していることが明らかになった。また、NTENPのSzz(π,ω)では、孤立モードと素励起連続体がエネルギー的に接近にている。

  • 図1  ;Szz(π,ω)、Sxy(π,ω)に現れるピークの垂直磁場依存性。実線は孤立モード、破線は素励起連続帯の下限を表す。零磁場では20サイト、磁場中では16サイトの系まで計算した。

    続いて垂直磁場中のq=πでの動的構造因子に対する結果から以下のことが明らかになった。

  • NTENPのSzz(π,ω)ではH=0.2で孤立モードが素励起連続体に吸収されるため、対応するピークが消える。 他の三つの動的構造因子では素励起連続帯が高エネルギーにあるため、孤立モードは臨界磁場まで安定に存在する。
  • すなわち、NTENPではH=0.5 Hcで高エネルギー側のピークが消えるため、0.5Hc<H<Hcでは二本のピークしか現れないが、NDMAPでは0<H<Hcで三本のピークが現れる。
  • 同様の解析をHc<Hでも行った結果、NTENPでは真ん中のブランチから続く一本のモードしか現れず、NDMAPでは三本のブランチが現れることが分かった。以上の結果は、NTENP、NDMAPで観測された実験結果と定性的に一致しており、 実験で観測されたNTENPとNDMAPにおける動的性質の違いは、素励起連続帯の垂直磁場依存性の違いに起因していることがわかった。

    ©2010 Takafumi Suzuki