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研究紹介

次近接相互作用を持つS=1/2ボンド交替スピン鎖の臨界的性質

近年、S=1/2反強磁性ボンド交替鎖物質とみなせる有機物質F5PNNの磁場中NMR緩和率 1/T1の測定が行われ、興味深い結果が得られた。この物質のエネルギーギャップが閉じる磁場(Hc1=2.5T)から磁化が飽和する磁場(Hc2=6.5T)の間で、1/T1は温度低下に伴い発散的に増大するが、磁場が5.2Tの時、1/T1は温度依存性を示さなくなる(K. Izumi et.al,  Physica B329-333, 1191(2003))。

S=1/2ボンド交替鎖はHc1<H<Hc2において朝永ラッティンンャー液体で記述される事が知られているが、このモデルで実験結果を説明するのは困難である。そこで、次近接相互作用(α)を加えたS=1/2ボンド交替鎖(ボンド交替比は(1+δ):(1-δ))に基づき実験結果の説明を行った。まず、数値対角化法と共形場理論に基づく有限サイズスケーリングを組み合わせることにより、磁場中のスピン相関関数の臨界指数を計算した。その結果、熱力学的性質から得られたボンド交替比(δ=0.43)に次近接相互作用をα=0.15程度取り入れると、次のように、支配的なスピン相関が磁場により入れ替わる事が明らかになった。


  • Hc1<H<3.8T, 5.8T<H<Hc2;   磁場に垂直方向のスタッガードなスピン相関が支配的
  • 3.8T<H<5.8T;   磁場方向の非整合なスピン相関が支配的
  • TL液体における1/T1は1/T1〜T  -γ(H)で与えられるので、 上記の結果を用いて温度低下に伴う1/T1の発散の冪γ(H)を評価した。その結果を図1に示す(挿入図は実験結果を模式的に示した図である)。

    図1  ;1/T1の発散の冪γ(H)が示す磁場依存性

    計算結果から、1/T1が温度依存性を示さなくなる磁場では、支配的なスピン相関が入れ替わる事を明らかにした。実験で観測された磁場5.2Tは,計算結果の5.8Tに対応すると考えられ、計算結果はF5PNNの5.2T付近の実験結果を定性的に説明している。また、本研究のメカニズムが正しければ、3.8T付近にも1/Tが温度依存性を示さなくなる磁場が存在すると予想される。

    ここで用いたα、δの値は、磁化プラトー(磁場を加えても磁化が変化しない磁化曲線の領域)が現れるパラメター領域近傍にある。磁化プラトー状態は4kFCDW状態とみなす事ができので、支配的なスピン相関が入れ替わる現象は「金属―CDW(モット絶縁体)転移点近傍においてTLパラメターは急激に減少する」というTL液体の性質が現れたものと解釈される。従って、同様の現象は磁化プラトーが現れる他の一次元量子スピン系でも見られると考えられる。

    本研究では、さらに、平均場近似と密度行列繰り込み群を組み合わせた方法を用いて、磁場中で鎖間相互作用によって誘起されるスピンの秩序状態を調べた。その結果、非整合なスピン相関が支配的となる磁場領域では非整合な波数を持つ磁場方向のスピン密度波秩序(SDW)が誘起され、スタッガード相関が支配的なる磁場領域ではネール秩序が誘起される事を示した。この結果は、低温において現れるF5PNNのスピン秩序状態を、外部磁場によって制御できることを意味している。

    ©2010 Takafumi Suzuki